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盛岡地方裁判所 昭和24年(行)73号 判決

原告 八重樫儀左衛門

被告 岩手県知事

一、主  文

被告が昭和二十三年十一月一日附岩手ち第六九六号買収令書をもつて別紙目録記載の各土地につきなした買収処分中、(6)ないし(9)・(17)・(19)記載の各土地に関する部分、(5)記載の横川目村大字竪川目第四地割七十七番田一反三畝二十一歩のうち九畝二十六歩(別紙第一図面表示の<1><2><7><1>の各点連結線をもつて囲まれた範囲)に関する部分、及び(18)記載の同村大字横川目第三十六地割二百七十九番の十七宅地九十四坪のうち四十八坪七合五勺(別紙第二図面表示の<1><2><5><1>の各点連結線をもつて囲まれた範囲)に関する部分をそれぞれ取り消し並びに前記買収処分中同目録記載のその余の土地に関する部分中三反五畝十九歩の限度においてこれを取り消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告その余を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十三年十一月一日附岩手ち第六九六号買収令書をもつて別紙目録記載の各土地につきなした買収処分はこれを取り消す、訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の各土地は元原告の所有であるところ、昭和二十三年九月四日横川目村農地委員会が昭和二十年十一月二十三日基準時現在の事実に基き、右目録(1)ないし(17)記載の各農地につき旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三条第一項第二号に該当する小作地として、(18)及び(19)記載の各宅地につき、それぞれ小原喜代三郎及び名須川栄八の買収申請に基き同法第十五条第一項第二号に該当する宅地として第八期買収計画を樹立して、その旨公告し、翌五日から十日間同書類を縦覧に供したに対し、原告は同年九月九日異議を申し立てたが却下されたので同年十月二日県農地委員会に訴願したところこれまた棄却となり、次いで被告知事は県農地委員会の所定の承認手続を経て昭和二十三年十一月一日請求趣旨記載の買収令書を発行し、右令書は昭和二十四年五月二十五日原告に交付された。しかしながら右買収処分は左の理由により違法である。

(一)  別紙目録(1)ないし(4)記載の各土地は元清水徳男に、(16)記載の土地は清水善蔵にそれぞれ賃貸小作せしめていたが、昭和二十年十月上旬頃いずれも合意解約により返還を受け爾来原告において自作して来たもので基準時現在自作地である。また同目録(5)記載の七十七番田一反三畝二十一歩のうち五畝は菊池久左エ門外五名に小作せしめているがその余の八畝二十一歩は従来から自作地であり、なおまた同(17)記載の土地は果樹園として自作して来たもので嘗てこれを他に小作せしめたことはない。しからば前記買収処分は、右各土地に関する限り、自作地を小作地として買収した違法がある。

(二)  同目録(6)(7)(9)記載の各土地は基準時現在原告の自作地であるからこれを小作地として買収したことは(一)において述べたと同じ理由で違法であるばかりでなく、右各土地は昭和二十二年の水害により砂礫の流入堆積を被つてからは農地としての形態を失い爾来荒撫地と化して現在に及んでいるのであつて、第八期買収計画樹立当時の現況農地でなかつた。このように現況農地でなくなつたものを農地として買収した点においてもまた違法たるを免れない。

(三)  基準時現在における原告の所有農地は、自作地一町九反八畝六歩、小作地九反六畝二十七歩合計二町九反五畝三歩であるが、右自作地のうち荒地と化し現況農地ではなくなつたもの前記(6)(7)(9)の各土地、同村大字横川目第三十六地割百四十番の三田一畝五歩、同百四十番の四田六歩合計六畝九歩を差引けば一町九反一畝二十七歩であり、小作地のうち基準時現在における現況宅地の部分同二百七十八番の一畑三畝七歩、同番の二畑のうち一歩、同二百七十九番の九畑のうち二畝七歩、同番の二十二畑のうち一畝二十九歩合計七畝十四歩を差引けば八反九畝十三歩であつて、旧自創法第三条第一項第二号に基く岩手県における法定小作地保有面積一町一反の範囲内であるから固よりこれを買収し得べからざること明らかであるにかかわらず、小作地の認定を誤り保有限度を超過するものとして右目録(1)ないし(17)記載の各土地を買収したのは違法である。

(四)  同目録(18)記載の二百七十九番の十七宅地九十四坪は実測九十一坪五合でそのうち四十八坪七合五勺を石田金作に賃貸しており、小原喜代三郎に賃貸している部分はその余の四十二坪七合五勺にすぎない、しかるに右小原喜代三郎は右(18)記載の宅地全部を賃借していると称して村農地委員会にこれが附帯買収の申請をなしたところ、同委員会は右賃貸借関係を調査することなく漫然右申請を容れ、右同人の賃借していない四十八坪七合五勺の部分をも含めて同人のため買収計画を樹立したのは違法であり、従つてこれに基いてなした被告知事の前記買収処分もまた違法である。

(五)  同目録(19)記載の二百七十九番の十八宅地三十四坪六合八勺は名須川栄八に賃貸しているが、同人はそのうち僅か四坪をその所有の便所敷地として使用しているにすぎず、その余の部分も営農上に利用しているわけではない。しかも同人は隣地に二百七十九番の十二宅地百十五坪五合五勺を所有しているのであつて、その住居及び営農上これをもつて充分であり、敢えて右(19)記載の宅地を必要としない。

以上いずれの点よりするも別紙目録記載の各土地につきなした被告知事の前記買収処分は違法であり、且つ右の違法は取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが全部の取消を求めるべく本訴請求に及ぶと述べ、被告の主張に対し、被告が基準時現在小作地であると主張する土地のうち前記(一)(二)において述べた以外の左記の各土地もまた右同日現在原告の自作地若しくは現況宅地であり、法定小作地保有面積超過の有無の算定に当り計算の基礎から除外されるべきである。すなわち、

(1)  横川目村大字横川目第三十六地割百四十番の三田一畝五歩及び同番の四田六歩は前記のように別紙目録(6)(7)(9)記載の各土地と同様基準時現在原告の自作地であつたばかりでなく、昭和二十二年の水害により荒地と化し、前記第八期買収計画樹立当時の現況は農地でなかつた。

(2)  同二百七十番田九歩は自作地であり、石川義雄が小作していたのではない。

(3)  大字横川目第三十七地割一番の二十一田二反二畝二十九歩のうち伊藤キワに小作せしめていた部分は一反一畝のみでその余の一反一畝二十九歩は従来からの自作地である。

(4)  大字横川目第三十六地割二百七十八番の一畑三畝七歩はこれを菊地久一郎に賃貸していたが基準時当時の現況は前記のように宅地であり、同人はこれを全部宅地として使用していたものである。

(5)  被告主張の同二百七十九番の四十三畑一畝二十五歩は二百七十九番の九畑八畝十七歩のうち二畝七歩に当るが、これは原告において宅地に潰癈の上藤田惣左エ門に賃貸し、同人も宅地として使用していたもので基準時現在の現況は農地ではない。

(6)  同二百九十九番の四十六山林三畝七歩のうち一畝は原告において開墾して畑となし基準時現在自作していたものを昭和二十三年宅地に潰廃の上佐々木万之助に賃貸し、爾来右同人はこれを宅地として使用して今日に至つていると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中別紙目録記載の各土地が元原告の所有であつたこと及び右各土地につき村農地委員会が基準時現在の事実に基き原告主張の各法条に則り買収計画を樹立し、次いでその主張の経緯を経て被告知事が右各土地を買収したことは認めるが原告その余の主張事実は争う。

(一) 別紙目録(1)ないし(4)記載の各土地は清水徳男が、(16)記載の土地は清水善蔵がそれぞれ小作していたところ、原告は前者につき昭和二十年十月、後者につき同年十一月それぞれ賃貸にかかる前記各土地の返還を求めたのであつたがいずれも拒絶せられたのであつて、原告が右同人等から前記各土地を無理に取り上げて耕作するに至つたのは昭和二十一年春からであり、基準時現在右各土地は小作地であつた。従つてこれを小作地として買収し得べきこと勿論であり、自作地を買収した違法はない。

(二) 右同目録(5)記載の七十七番田一反三畝二十一歩は実測面積一反四畝一歩でそのうち基準時現在における原告の自作部分は、昭和二十年十月前記清水徳男から返還を受けた十歩を含めて八畝二十八歩であり、その余の一畝三歩は高橋庄左エ門、十歩は菊地久左エ門、一畝二十歩は清水喜蔵、一畝は小原藤右エ門、その余の一畝は小原男三郎がそれぞれ小作していたのであつて、以上合計五畝三歩は基準時現在において小作地であつた。従つて前記自作部分をも含めて右(5)記載の田一反三畝二十一歩全部を買収したのは、右自作部分に関する限り違法であるとしてもその余の小作部分五畝三歩については適法である。

(三) 同目録(17)記載の二百八十番の一畑五反二十三歩のうち原告従来の自作部分は二反八畝二十三歩であるが、その余の二反二畝は斉藤竹治が借り受けて果樹園として使用していたもので原告に返還したのは昭和二十二年秋であるから、基準時現在における右小作部分二反二畝は全部これを買収し得べきところそのうち一畝二十八歩のみを買収したのである。

(四) 同目録(6)(7)(9)記載の各土地は従来菊地基行の小作にかかり原告が同人からこれを取り上げて自作するに至つたのは昭和二十一年であるから、基準時現在における小作地としてこれを買収し得べきこと勿論である。なお仮りに右同日以後において右各土地の現況が変じて農地でなくなつたとしてもこれを小作農地として買収することを妨げるものではない。

されば、基準時現在における原告所有の小作地は、その主張の面積に前記各土地の小作部分をも加えるべきであるところ、更に同日現在における小作地として原告の主張しない左記の各土地がある。すなわち

(1) 横川目村大字横川目第三十六地割百四十番の三田一畝五歩及び同番の四田六歩は、前記(四)において述べた各土地と同様基準時現在前記菊地基行の小作していたものであり、右同日以後の現況の変化は、これを小作農地として保有限度超過の有無の認定に当りその計算の基礎に加えることを妨げるものではない。

(2) 同二百七十番田九歩は基準時現在石川義雄が小作していたもので原告が自作するに至つたのは昭和二十六年以降のことに属する。

(3) 大字横川目第三十七地割一番の二十一田二反二畝二十九歩は基準時現在全部伊藤キワの小作していたもので、昭和二十一年原告により一旦全部を取り上げられたのであつたが翌二十二年からそのうち一反二十九歩を再び小作して現在に至つた。

(4) 大字横川目第三十六地割二百七十八番の一畑三畝七歩は菊池久一郎の小作にかかり、そのうち基準時現在の現況宅地部分は一畝三歩にすぎず、その余の二畝四歩は畑地として使用していたものである。

(5) 同二百七十九番の四十三畑一畝二十五歩は右同日現在藤田惣左エ門が小作していたものである。

(6) 同二百九十九番の四十六畑三畝七歩のうち二畝十五歩を佐々木万之助が宅地として借り受けたのであつたがその後うち一畝を畑地として耕作し、基準時における現況は畑地であつた。

(7) 同二百七十九番の十四畑二畝二十七歩のうち右同日現在大和文太郎の小作していたのは原告が主張する一畝二十七歩より二十七歩少い。

(8) なお原告は別紙目録(8)記載の同百三十九番の九田十五歩全部を右同日現在の小作地として計算しているが、事実は、清水善蔵の小作していたのはそのうち九歩のみでその余の六歩は原告の自作地である。従つて右田十五歩全部を小作地として買収したのは右自作部分に関する限り違法たるを免れないとしても、その余の小作部分五歩については適法たるを失わない。

以上の次第であるから、基準時現在における原告の自作地は、本件第八期買収により買収した別紙目録(5)及び(8)記載の各土地中前記自作部分合計九畝四歩を加えると九反六畝二十一歩であり、小作地は一町九反一畝十六歩であつて、旧自創法第三条第一項第二号の規定に基く岩手県における在村地主の法定小作地保有面積一町一反を超過すること八反一畝十六歩であるところ、第三期買収により大字横川目第三十六地割百三十六番田八畝一歩を買収したので第八期買収において買収し得べき小作地は七反三畝十五歩であつた。しかるに本件第八期買収により別紙目録(1)ないし(17)記載の各土地を含めて小作地合計一町四畝八歩(なおその際自作地合計九畝四歩をも買収したことは前叙のとおり)買収したのであるから、右は前記保有限度を三反二十三歩を侵害したこととなり、この限度において違法であることは免れないにしても、その余の七反三畝十五歩の部分に関する買収処分は適法たるを失わない。

(1) 次に、別紙目録(18)記載の第三十六地割二百七十九番の十七宅地九十四坪は、賃借人小原喜代三郎の買収申請に基き買収したのであるが、同人は昭和二十三年七月三日を売渡の時期とする第七期売渡により田三筆合計二反九畝十三歩の売渡を受けた創設自作農であるところ、前記宅地を地上建在の二十二坪五合の居宅及び十三坪五合の厩舎敷地として使用している外、残余部分も農業上に利用しているのであり、しかも右宅地と前記売渡農地との距離は比較的遠いところでも千五百米にすぎないという地理的関係にあるので、右宅地は右小原喜代三郎の前記売渡農地をもつてする農業経営上必要不可欠のものといわなければならない。

(2) また同目録(19)記載の同二百七十九番の十八宅地三十四坪六合八勺は、賃借人名須川栄八の買収申請に基き買収したのであるが、同人は昭和二十二年三月三十一日を売渡の時期とする第一期売渡により畑八畝十一歩の売渡を受けた創設自作農であるところ、右宅地を四十二坪二合五勺の居宅兼厩舎の敷地として使用している外、残余の部分をも農業上に利用しているのであり、しかも右宅地は、前記売渡を受けた畑と距ること僅か十米で地理的にも密接な関係にあるのであるから、名須川栄八の売渡農地をもつてする営農上必要であるといわなければならない。

しからば村農地委員会が右同人等の買収申請に基き右各宅地につき買収計画を樹立したのは相当であり、従つてこれを踏襲してなした本件買収処分もまた適法であつて、何等原告主張のような違法はないと述べた。(立証省略)

三、理  由

別紙目録記載の各土地が元原告の所有であるところ、横川目村農地委員会が基準時現在の事実に基き、同目録(1)ないし(17)記載の各土地につき旧自創法第三条第一項第二号に、同(18)及び(19)記載の各宅地につきそれぞれ小原喜代三郎及び名須川栄八の買収申請に基き同法第十五条第一項第二号に該当するものとして第八期買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告から異議の申立及び訴願の提起がなされたがそれぞれ却下、棄却となり、次いで被告知事が県農地委員会の所定の承認手続を経て原告主張の買収令書を発行して右各土地を買収したことは当事者間に争いがない。

原告は、基準時現在において左記各土地は小作地でなかつたにかかわらずこれを小作地として買収したのは違法である旨主張するのでまずこの点について案ずるに、

(一)  別紙目録(1)ないし(4)及び(16)記載の各土地について。

証人清水徳男(第一、二回)清水幸雄(第一、二回)及び名須川勉の各証言を綜合すれば、清水徳男は昭和十四年以降右(1)ないし(4)記載の各農地を、清水善蔵も同じ頃より右(16)記載の農地をそれぞれ賃借小作して来たところ、昭和二十年十月収穫終了後間もなく原告が右両名に対しそれぞれ小作にかかる前記各土地の返還方を申入れたのであつたが拒否されるや、翌二十一年春右小作人等の意思に反し一方的に右小作契約を解約の上右各土地を無理に取り上げて耕作を開始し爾来自作して現在に至つたことを認めることができる。右認定に反する証人八重樫ミ子及び原告本人の供述部分は当裁判所のにわかに措信し難いところである。もつとも甲第四号証(覚書)及び第五号証(証)の各記載によれば、前記清水徳男及び清水善蔵が昭和二十年十月限りそれぞれ小作にかかる前記各土地を原告に返還したかの如く見得られないでもないが、しかし右各甲号証の作成されたのが、右両名が事実上前記各土地を取り上げられてから既に数年経過後の、しかも本訴提起の直前である昭和二十四年五月であること、及び前記証人清水徳男(第一、二回)及び清水幸雄(第二回)の証言により窺われる作成事情等に照らし、右甲第四、第五号証のみをもつてしては、右認定を覆し、原告が基準時前に合意解約により前記各土地の返還を受け右同日現在これを自作した事実を認めるに足りない。

しからば右同日現在の事実に基きこれを小作地として買収した本件買収処分はその限りにおいては何等違法ではない。

(二)  同目録(5)記載の七十七番田一反三畝二十一歩について。

右土地のうち基準時現在において小作部分の存したことは当事者間に争いがないが、原告はこれを五畝といい、被告は五畝三歩と争うので案ずるに、前記証人清水徳男(第一回)の証言及び検証並びに鑑定人菊池志郎の鑑定の各結果によれば、高橋庄左エ門、菊池久左エ門、清水善蔵、小原藤右エ門及び小原男三郎が苗代として小作していた部分の実測面積は合計三畝二十五歩であること、清水徳男が同じく苗代として小作していた十歩は昭和二十年十月合意解約によつてこれを原告に返還したので従来の自作部分と併せて基準時現在における原告の自作部分は九畝二十六歩であることを認めることができ、右認定に反する原告本人の供述部分は採用し難い。乙第四号証の一ないし六及び甲第六号証をもつてしても右認定を覆すことはできない。

ところで本件買収により右自作部分を含めて右田一反三畝二十一歩全部を小作地として買収したことの違法であることはいうまでもなく、このことは被告も自認するところである。しかし一筆の農地のうち自作部分が含まれている場合において、右自作部分を小作地として買収したという違法は、一般に右自作部分の限度にとどまり、当該農地の全部には及ばないものと解すべきであるから、小作部分を特定し得る限り、その限度においては右買収処分は適法として維持せらるべきである。本件において前示小作人等の小作していた合計三畝二十五歩の範囲は別紙第一図面表示の<2><3><4><5><6><7><2>の各点連結線をもつて囲まれた赤斜線部分に該当し明らかにその範囲を特定し得るので、この部分に関する買収処分は適法であるが、その余の<1><2><7><1>をもつて囲まれた九畝二十六歩に関する部分は違法であり取り消さるべきである。

(三)  同目録(8)記載の百三十九番の九田十五歩について。

原告は右田十五歩全部を基準時現在における小作地と主張し、従つてこれに関する買収処分の取消理由を法定小作地の保有限度を侵害した点に求めているが、被告は右土地のうちに存する自作部分六歩を含めて全部小作地として買収した旨自認し、その余の九歩のみを原告所有小作地の面積に加算しているので案ずるに、証人小原始一の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の四によれば、右田十五歩のうち九歩を前記清水善蔵が小作していたがその余の六歩は原告従来の自作地であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠がない。しからば右自作部分をも含めて右田十五歩全部を小作地として買収したのは違法であり、右の違法は前記(二)で述べたとおり、右自作部分六歩のみにとどまり、その余の小作部分九歩には及ばないのであるが、しかし右小作部分九歩の範囲を特定するに足りる何等の資料がないのでこれを特定するに由なく、従つて結局右田十五歩に関する買収処分は全部違法として取り消さるべきである。

(四)  同目録(17)記載の二百八十番の一畑五反二十三歩のうち一畝二十八歩について。

前記証人小原始一の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の七及び前記証人八重樫ミ子並びに原告本人の各供述(但し後記措信しない部分を除く)によると、原告は昭和十年頃右畑全部に林檎樹を植栽して果樹園となし斉藤竹治を雇入れてこれを自作して来たが、その後昭和十七、八年頃同人との間に、右畑五反二十三歩のうち二反二畝につき、労務の提供及び肥料の供給は一切右斉藤竹治においてこれをなすこと、耕作に当つては原告所有の農具を使用するも差支えないこと、収穫した林檎は原告三、右斉藤竹治七の割合で分けることとの契約を結び、爾来右斉藤竹治は右契約の趣旨に従つて前示二反二畝の耕作に従事して基準時に至つた事実を認めることができ、右認定に反する前記証人八重樫ミ子及び原告本人の供述部分は採用しない。他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

右認定にかかる契約関係は、純然たる小作関係ではないとしても、少くとも前記斉藤竹治は原告の耕作を補助するための単なる使用人ではなく、前示二反二畝の土地の耕作の全過程又はそれに近い主要部分の作業に従事しているところの、旧自創法第三条第五項第二号にいわゆる自作地で自作農以外の者が請負その他の契約に基き耕作の業務に従事する者に該当するものといわなければならないところ、右のような場合には、法律上いわゆる小作関係ではないけれども、等しく所有者との契約に基き耕作の業務を営むものであり、これに近いのであるから、買収手続上これを小作関係として扱い小作農地として買収したことのみでは、取り消し得べき違法あるものということができない。

ところで被告は前示二反二畝のうち一畝二十八歩を買収するに当り、一筆の土地のうちの一部買収であるにかかわらず買収手続上その範囲区分を明確にした事実を窺うに足りる何等の証拠がないから、他に特段の事由のない限り、買収範囲不特定の違法があり、前示畑五反二十三歩のうち一畝二十八歩に関する本件買収処分は結局取消を免れない。

(五)  同目録(6)(7)(9)記載の各土地について。

前記証人小原始一の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の十四によれば、右各土地は第三十六地割百四十番の三田一畝五歩及び百四十番の四田六歩とともに菊池基行に小作せしめていたところ、昭和二十一年合意解約の上これが返還を受けて以降原告において自作するに至つたもので基準時現在においては小作地であつたことが認められる。右認定に反する前記証人八重樫ミ子及び原告本人の供述部分は採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠がない。

しかし成立に争いのない甲第十号証及び検証の結果によると、前示各土地は昭和二十三年八月のアイオン颱風による水害の際土砂の流入堆積により農地としての形態を失い爾来荒地と化して今日に至つていることを認め得るので、右各土地が基準時現在は勿論、本件第八期買収計画の樹立された昭和二十三年五月四日当時の現況農地であつたとしても、その後買収処分をなすまでの間に、原告の責に帰すべからざる自然の経過により現況が変じて農地でなくなつた以上、最早これを農地として買収することは許されず、また保有限度超過の有無を認定するに当りその計算の基礎に加え得べきではないといわなければならない。しからば同目録(6)(7)及び(9)記載の各土地に関する本件買収処分は農地でないものを農地として買収した点において違法であり取消を免れない。

次に本件買収処分が旧自創法第三条第一項第二号に基く法定小作地保有面積一町一反を侵害した違法があるか否かにつき判断するに当り、右計算の基礎をなす基準時現在における原告所有の小作地の面積につき当事者間に争いがあるので、前述した以外の土地で、被告が小作地であると主張するもの及び小作部分の面積につき争いのある左記各土地について検討するに、前記証人小原始一の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の四、八、九、十一、十二、十三、十五、によれば、大字横川目第三十六地割二百七十番田九歩は石川義雄が小作していたものを原告が昭和二十六年これを取り上げて自作するに至つたもので基準時現在小作地であつたこと、同第三十七地割一番の二十一田二反二畝二十九歩は伊藤キワが小作していたところ、原告が昭和二十一年一旦右土地全部を取り上げ、その後翌二十二年そのうち一反二十九歩を再び同人に小作せしめたが、昭和二十四年にはこの部分をも取り上げ爾来自作しているけれども、基準時現在は右田二反二畝二十九歩全部が小作地であつたこと、第三十六地割二百七十八番の一畑三畝七歩は昭和四年以来菊池久一郎が宅地として賃借していたが、その後一部を宅地として使用した外は残余の部分を畑として耕作し、基準時現在における現況畑の部分は少くとも二畝四歩はあつたこと、同二百七十九番の四十六畑三畝七歩のうち二畝十五歩は佐々木万之助が宅地として借り受けたのであるが、その後うち一畝を畑地として耕作し、基準時における現況農地であつたこと、同二百七十九番の四十三畑一畝二十五歩は三十数年前より藤田惣左エ門が、同二百七十九番の十四畑二畝二十七歩のうち一畝は昭和十年頃より大和文太郎がそれぞれ小作して現在に至つていること、以上の事実を認めることができる。右認定に反する前記証人八重樫ミ子及び原告本人の供述部分は前記各証拠に照らしにわかに措信し難い。他に右認定を覆し、前示各土地が基準時現在において自作地若しくは現況宅地であつたことを認めるに足りる証拠がない。

以上認定したところによれば、別紙目録(1)ないし(4)記載の各土地合計四反五畝十歩、同(16)記載の七十八番の二田一反五畝一歩、同(17)記載の二百八十番の一畑五反二十三歩のうち二反二畝、二百七十番田九歩、二百七十八番の一畑三畝七歩のうち二畝四歩、二百七十九番の四十三畑一畝二十五歩、二百九十九番の四十六山林三畝七歩のうち現況畑一畝はいずれも基準時現在原告の小作農地であり、以上合計八反七畝十九歩を原告が右同日現在の小作地であると主張する八反九畝十三歩に新たに加え得べきところ、前示認定のとおり、同目録(5)記載の七十七番田一反三畝二十一歩のうち小作部分は三畝二十五歩で原告主張の五畝より一畝五歩少く、また同目録(8)記載の百三十九番の九田十五歩のうち小作部分は九歩で原告主張の十五歩より六歩少く、第三十七地割一番の二十一田二反二畝二十九歩のうち小作部分は二反二畝二十九歩全部で原告主張の一反一畝より一反一畝二十九歩多く、第三十六地割二百七十九番の十四畑二畝二十七歩のうち小作部分は二畝で原告主張の二畝二十七歩より二十七歩少く、以上の計算によつて得られる九畝十八歩を原告主張の前示八反九畝十三歩と小作地と認定された前示八反七畝十九歩と合した一町八反六畝二十歩が結局基準時現在における原告の小作地の合計面積である。ところで第三期買収により第三十六地割百三十六番田八畝一歩が買収されたことは証人菊池博光の証言で認められるから、本件第八期買収計画樹立当時における残存小作地の面積は一町七反八畝十九歩であり、法定小作地保有面積一町一反を超過すること六反八畝十九歩である。しかるに本件第八期買収により別紙目録(1)ないし(17)記載の各土地を含み小作地合計一町四畝八歩を買収したのであるから、右買収は前示保有限度を三反五畝十九歩だけ侵害したこととなり、その違法であることはいうまでもない。

そこでこのような保有限度侵害の瑕疵が買収処分全体に対し如何なる効果を持つものであるかについて考えて見るに、法定の保有限度超過を理由とする買収処分の性質自体からして、右の瑕疵は或る特定農地に存するものではなく、当該買収処分の対象とされている全農地中の、各筆の農地のいずれかに存するものといわなければならない。しかしこの場合の瑕疵は各筆の農地のいずれかに存在するものであり、それぞれの買収対象農地が法所定の買収要件を具備しないという意味での、物それ自体に存在する内在的若しくは質的な瑕疵とは異るものがあるといわなければならない。換言すれば、一筆々々の農地を取り上げた場合いずれも買収し得る農地であるが、法によつて買収の保有限度が定められている結果、その全部は買収し得ないという意味での、いわば数量的な制約を受けているにすぎない場合においてその制約を無視して買収したからといつてこの場合の瑕疵は通常の事例においてみるような特定農地に存するものでもまた全部の農地に存するものでもなく、全部の農地中いずれかに存し、そのいずれに存するかを決定することができないというのにすぎないのであるから直ちに個々の農地それ自体若しくは全農地の内在的若しくは質的瑕疵となるわけではない。このような瑕疵は、物それ自体に存する内在的質的瑕疵に対し、全体としての数量的関係から生じたという意味においていわば外的数量的瑕疵といい得よう。

ところで通例の買収対象農地それ自体に内在する質的瑕疵のある場合は後日買収機関においてこれを補正する余地がないから、このような瑕疵のある農地を買収した買収処分は結局これを取り消す外はないわけであるが、いわゆる外的数量的瑕疵を帯有するにすぎない場合は、後日買収機関において法所定の数量的制約に引き戻すことによつてこれを補正し得て然るべきである。すなわち買収要件を具備する農地である以上、保有限度の範囲内では如何なる農地をどれだけの数量買収するかという買収対象農地の選定と数量の決定は一に買収機関の自由なる裁量に属し、被買収者たる当該農地の所有者と雖もこれを指定する権利を有するものではない。このことは後日事後処理として侵害部分の農地を取り消す場合も同様であつて、右侵害の範囲内では如何なる農地をどれだけ取り消すべきかも買収機関の自由裁量に属するところであるからその自由に選択する保有限度の侵害部分相当反別の農地の買収処分を取り消すことによつて保有限度内の農地に存する外的数量的瑕疵が取り除かれ、この限度において瑕疵のない適法な買収処分としてその効力を維持し得るものといわなければならない。

このように事後処理において異るものがあるとすればこの場合の瑕疵の効果と、通例みる、全部に内在的に存する瑕疵の効果との間には差異があるのであり、若しこのような保有限度を侵害した買収処分全部を違法として取り消すべきものとすれば、この点の差異を看過するものといわなければならない。しかも実際問題として買収機関としては買収計画の樹立から全部の手続を遣り直さなければならないこととなり、殊に既に売渡処分完了後であれば、売渡を受けた小作人等の利害関係も交錯してその煩に堪えざるべく、買収手続の迅速処理の要請にも副わないこととなるに引き較べ、右の手続を侵害部分に限定するにおいては、買収機関と売渡を受け若しくは受くべき小作人等との協議により比較的容易に事を調整し得、爾後の処理極めて簡便となるであろう。しかして裁判所がこのような瑕疵のある買収処分の取消をする場合において、単に数量的にのみ特定した侵害部分の取消をなし得るにとどまり、或る特定農地を指定してこれが買収処分の取消をなすわけにはいかないことは当然であり、このような取消形式を目して取り消すべき対象物件が特定しないものとなすを得ない。

よつて本件において、別紙目録(1)ないし(17)記載の各農地のうち、前示認定理由で取り消すべきものとされた(6)ないし(9)、(17)及び(5)記載の七十七番田三畝二十一歩のうち九畝二十六歩を除くその余の各土地中三反五畝十九歩の限度で本件買収処分は取り消さるべきである。

次に同目録(18)及び(19)記載の各宅地につきなした本件買収処分の適否につき案ずるに、成立に争いのない甲第九号証、乙第二号証の一、二、証人小原喜代三郎(第一、二回)及び名須川栄八の各証言を綜合すれば、

(一)  右(18)記載の二百七十九番の十七宅地九十四坪は実測九十一坪五合であつて、そのうち四十二坪七合五勺を小原喜代三郎が昭和四年頃以降、その余の四十八坪七合五勺を石田金作がその以前からそれぞれ賃借していること、右小原喜代三郎は昭和二十三年七月二日を売渡の時期とする売渡処分により田三筆合計三反九畝十三歩の売渡を受けた創設自作農であり、その耕作反別は自小作地合計一町三反三畝であること、右同人は前示賃借にかかる四十二坪七合五勺の宅地を、昭和四年頃原告から買い受け取得した建坪二十二坪五合の居宅の敷地及び隣地二百七十九番の一宅地内にある約十三坪の厩舎敷地の一部として使用する外残余の部分をその農業経営上にも利用していること、本件宅地は前示売渡を受けた農地から千五百米の範囲内に位置し、地理的にいつて必ずしも遠隔の地にあるとはなし得ないこと、

(二)  次に同目録(19)記載の二百七十九番の十八宅地三十四坪六合八勺は数十年来名須川栄八の賃借しているもので、同人は右宅地とその所有である二百七十九番の十二宅地百十五坪五合五勺に跨つて四十二坪二合五勺の家屋を所有しているが、本件宅地は一部右建物敷地として使用されている外堆肥置場その他営農上にも利用されていること、右名須川栄八は昭和二十二年三月三十一日畑八畝十一歩の売渡を受けた外、原野九畝十七歩につき増反入植の許可を受けた自作農であり、その耕作反別は田六反八畝、畑五反七畝合計一町二反五畝であること、前記宅地は右売渡を受けた畑の至近距離にあり地理的に密接な関係にあること、

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠がない。

ところで右小原喜代三郎は村農地委員会に対し前記二百七十九番の十七宅地九十四坪全部につき賃借権ありとして附帯買収の申請をなしたところ、同委員会はこれを容れ右宅地全部につき同人のために買収計画を樹立し、次いで被告知事の本件買収処分になつたことは当事者間に争いがないところであるが、賃借権のない者は旧自創法第十五条第一項第二号による宅地の買収申請をなす適格を有しないことはいうまでもないから、右小原喜代三郎の前示買収申請は、同人の賃借していない四十八坪七合五勺の部分に関する限り違法であること明らかであるが、右小原喜代三郎の現に賃借している四十二坪七合五勺の部分については適法たるを失わない。しかして右四十二坪七合五勺の宅地は、同人の売渡を受けた農地をもつてする農業経営上必要であり、且つ右宅地と農地との間に牽連性の存すること前示認定のとおりであるところ、右四十二坪七合五勺の範囲は別紙第二図面表示の<2><3><4><5><2>をもつて囲まれた赤斜線部分に該当しこれを特定し得るから、本件買収処分は右四十二坪七合五勺の部分に関する限り適法であるといい得べく、その余の四十八坪七合五勺、すなわち右図面表示の<1><2><5><1>をもつて囲まれた部分については違法であり、取り消さるべきである。

また宅地が従前から耕作している農地と旧自創法により売渡を受けた農地の双方を含む全農地の経営に利用されている場合において、同法第十五条第一項第二号による附帯買収を相当となし得るがためには、右売渡を受けた農地の経営が全農地の経営において占める重要性の度合が大でなければならないのであつて、従つて全農地に比し売渡を受けた農地が僅少である場合は、他に特段の事由のない限り、右宅地の附帯買収の相当性がないものといわなければならない。本件において前記名須川栄八の売渡を受けた農地は八畝十一歩で(旧自創法第十五条第一項は農地の売渡を受けた者と規定し未墾地の売渡を受けた者を含まないから前示原野九畝十七歩はこの関係では除外さるべきである)全農地一町二反五畝に比し極めて僅少であるから本件宅地が右売渡を受けた農地の経営にも利用されているとしても、他に特段の事由の認められない本件において、これを附帯買収するのが相当であるとは認められない。しからば本件買収処分は相当性の認定を誤つた違法があり取り消さるべきである。

よつて原告の本訴請求中、別紙目録(6)ないし(9)、(17)、(19)記載の各土地に関する部分、同(5)記載の七十七番田一反三畝二十一歩のうち九畝二十六歩(別紙第一図面表示の<1><2><7><1>をもつて囲まれた範囲)に関する部分、同(18)記載の二百七十九番の十七宅地九十四坪のうち四十八坪七合五勺(別紙第二図面表示の<1><2><5><1>をもつて囲まれた範囲)に関する部分及び同目録記載のその余の土地中三反五畝十九歩の取消を求める限度においてはこれを相当として認容すべきもの、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 上野正秋 下斗米幸次郎)

(目録省略)

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